Dr OZくすりのよもやま話(5)

くすりがいきなり効きすぎた! その5   令和3226日

注射されずにくすりの体内量を測れないのか!?

本当は一昨日更新したかったのですが、いろいろ調べたくなることが出てきて遅くなってしまいました。

グレープフルーツ果肉やグレープフルーツジュースによるくすりの効き目に対する影響のことを書くなかで、血液検査でくすりが体内に存在する量を測ることを書きました。グレープフルーツ果肉やグレープフルーツジュースは、のんだくすりの体内量を上げる、とも書きました。のんだくすりが小腸から体内に吸収されるとき、いくばくかの量のくすりは通常、小腸に存在する酵素の働きで分解されて量が少なくなるのですが、グレープフルーツ果肉やジュースはこの働きをおさえてしまうので、くすりの分解が起こりにくくなり、結果としてたくさんのくすりが体内に入ってしまう、とのなぞ解きをしました。私が遭遇した場合のように、くすりが効きすぎてしまうのは、この場合になります。くすりの体内に存在する量を測定するには、少量の血液を採取してその中に存在するくすりの量を分析して測定するのが最も信頼できるデータを与えます。しかし、このために注射針を刺されるのは痛いので、何とか別の方法で、ということです。そこで、唾液、が候補の一つと考えました。くすりは、注射されずに口からのめるものがよいですよね。口からのんだくすりは小腸から体の中のどこに行くか、ですが、小腸の管の外側、つまり体の中、体内になります。小腸の管の向こう側、そこには血管がはりついていて、くすりは血管に入るのです。その後、血流にのって体の隅々までくすりが届きます。それで、くすりの体内量ということが大事になってきます。

さて、唾液に話を移します。

唾液はどこから出るか、口の中の唾液腺というところで血液から作られます。のんだくすりは全身をめぐる血液の中にとけていて、口の中に分泌される(出てくる)唾液にくすりが含まれていることになります。

体内に存在するくすりの量の目安を唾液の中のくすりの濃度で知る、というアイディアはすでに多数の研究グループによって実行されています。

私がよく使う米国国立医学図書館の中の国立生物科学情報センターが作成したデータベースで「薬物濃度+唾液+血漿」というキーワードを使うと800 件を少し超える数の学術論文が検索されてきます。ほんの一例ですが、てんかんの治療薬の唾液中の濃度、という論文は1976年に発表されています。40年以上前、とっくに、ですね。日本の研究グループが1989年にニューキノロン系抗菌薬を服用した後の唾液中濃度と血清中濃度を比較しています(参考文献1)。5名の健康成人にオフロキサシン150 mg (一日量の半分~4分の1)を150 mLの水でのんでもらって、時間経過とともに血清と唾液を採取しています。著者らによれば、オフロキサシンをのんだ後1~3時間後に血清中濃度は最高値(2.23.8 μg/mL)に達し、その後血清中濃度は緩やかに減少しました。唾液中濃度は1~3時間後に最高値(2.62.9 μg/mL)に達し、やはり緩やかに減少し、血清中と唾液中のオフロキサシンの濃度の移り変わりはよく似ていたということです。5名の志願者のデータから唾液中濃度(y)と血清中濃度(x)の間の関係式も出されていて、

y = 0.39 + 0.78 xということです。

血清中濃度(x)がゼロだったら、唾液中濃度(y)もゼロのはずだから、y = a(定数)xでないとおかしくない?とお考えになるかもしれませんが、なかなかそうはなりません。相関係数0.76で著者らは、強い相関があると述べています。あくまで相関関係であって、比例関係とは言っていません。ですので、この考察はその通り、だと思います。

英国の研究グループ (National Hospital for Neurology and Neurosurgery、医師らだと思われます)から2011年にラコサミドというてんかんの治療薬をのんでいて研究に同意した98人の志願者に協力をしてもらっています(参考文献2)。そのうち、48人が血液と唾液を同時に提供することに同意しました。志願者はてんかん治療中の患者さんで、ラコサミド以外にもてんかんの治療薬をのんでいます。そのことは誤差要因ではありますが、仕方がありません。まさか、ラコサミドしかのまずにこの試験研究に参加してください、とは言えませんよね。生命倫理にもとることになってしまいます。

ラコサミドの場合は、血清中でアルブミンというたんぱく質と結合していないラコサミドの濃度(x)と唾液中のラコサミド濃度(y)を比較しています。この場合は、

y = 0.34 + 1.27 xということです。相関係数0.91でやはり高い相関になります。血清中のラコサミド濃度が2.0 μmol/Lという患者さんが何人かいますが、式から唾液中の濃度は2.9 μmol/Lとなります。この場合は、唾液中の濃度の方が少し高めになるようです。

こうしてみると、いろいろなくすりで唾液中の濃度と血液中の濃度はとてもよく相関しそうです。

そうなると、私の場合におこった血圧降下薬の効き過ぎの場合、普段の唾液中の濃度と効きすぎだったときの唾液中の濃度を比較したいところですね。

付け加えなければならないことを一つ、ここでは詳細を述べませんが、くすりによっては、グレープフルーツから、効きすぎとは異なる影響を受ける場合もあります。

唾液の発想は、もう30年くらい前、ある医科大学での実習で、アルコール摂取後のアルコール濃度の時間推移を測定するとき、唾液中の濃度を用いたことがもとになっていました。もっと大事なことは、アルコール摂取後の悪酔いの正体であるアセトアルデヒドの血液中濃度を測定することでした。日本人では10%程度の方は、体質的に全くと言ってよいほどお酒を受け付けません。日本人については、遺伝的には37%がお酒をのめない型の遺伝子といわれています。その主な理由は、悪酔いの原因となるアセトアルデヒドを無害な酢酸(お酢と同じものです)に変える能力が非常に低いためです。この体質は、50%~70%のエタノールを少量バンドエイドなどに塗ってから皮膚に貼付し、15分程度静置後に貼付部位が赤くなるかそうでないかでほぼ判定することが可能です。このテストで塗布部位が赤くなる人はほぼ百発百中お酒が飲めない体質の人で、そういう人が少量でもお酒をのむと、血液中のアセトアルデヒドが非常に高濃度になってしまいます。一方、お酒は大丈夫、どころか、かなりの量飲める、という人の場合は、検出感度の問題がありますが、血液中のアセトアルデヒドがほとんど出てきません。お酒を受け付けない人の10分の1未満と考えられます。一方、唾液中のエタノールの濃度はお酒を受け付ける人とそうでない人との間の差はほとんどありませんでした。これは意外に思われるかもしれません。大げさではありますが、生命の神秘です。

人間同士、この世には自分とそっくりの人が三人はいる、というようですが、逆に、三人しかいないの、と言えるくらい個人差は極めて大きいことは経験上よくわかります。

今回のくすりが効きすぎた、というシリーズは、グレープフルーツ果肉やグレープフルーツジュースがからんでいましたが、日常くすりの効き目はどの程度日ごとに差があるものでしょうか。自分のことになってしまいますが、毎日同じようにのんでいても翌朝の血圧は一定にはなりません。一人の志願者について調べたことは学術論文には報告として出てきませんので、参考文献は出てきませんが、それはまた次回に。

 

参考文献1

椎木、Chemotherapy 1989; 37(5): 604-609.

参考文献2

Greenaway, Cら、Epilepsia 2011; 52(2): 258-263.

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